ダンスが取り持つYMCAとの出会い 生涯現役

維持会員
ボールルームダンス教室主任教師
澤野 順彦さん
(法学博士・弁護士)

1965年(現在のYMCA本館の場所に木造の体育館があった頃)、私は横浜地方裁判所で司法修習生として実務修習中でした。同窓の修習生8人が、この機会に一緒に何か始めようということになり、全員一致でダンスを始めることになりました。当時、裁判所の近くの横浜YMCAで社交ダンスのグループレッスンが開講されていることを知り、早速、全員で入会しました。全国でも社交ダンスのグループレッスンが戦後最も早く開講されたのは、横浜YMCAであり、指導教師は海軍士官出身の秋田清太郎先生でした。初級、中級、上級クラスがあり、さらに研究科(社交ダンスクラブ)があり、私は真面目に通ったお陰で、1年弱で研究科に進みましたが、他の7人は初級のうちにダンスを止めてしまいました。
1970年頃、秋田先生からバトンタッチを受け、ダンス教室の運営を任されることになりました。横浜YMCA担当者と種々の改革を行った結果、当時のダンスブームの影響もあり、毎週月曜日から土曜日まで、1日2クラスを開講し(多い時には1クラス50~60人)、今では考えられない盛況な時期が続いていました。今日では通称となっているインストラクター、モダン専科、ラテン専科という呼称もここから生み出されました。当時、社交ダンスは風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)の適用下(現在は適用除外)にありましたが、横浜YMCAは、終身会員であるアマチュアの指導者によりレッスンが行われ、今日もこの体制は維持されています(持続的指導体制の確立、教師養成の一般社団法人設立)。
横浜YMCAのダンスに関するエピソードとしては、元横浜YMCAの理事長であった山田盛先生(弁護士)もレッスンに参加されたこと、社交ダンスの全国YMCA交歓会に参加したこと、御殿場の研修施設でダンス合宿をしたことなど枚挙にいとまがないが、YMCAでダンスに出会えたことは、仕事、ダンスその他あらゆる社会的関係において、現役でいられる源となっていることに心より感謝しています。これからYMCAに出かけます。(2024年7月20日)

(掲載:月刊YMCA News 2024年9月)