学Y、横浜Y、ネピドーY ~恩寵の出会いと交わり~

「奉仕の書」受賞(2024年)
国際事業委員・草の根ネット麦の会 代表幹事
本間 勝さん

私とYMCAとの最初の出会いは、1961年早稲田大学YMCA信愛学舎に入寮したことです。安い寮費に魅かれたのですが、終生の恩師と友人たちに出会いました。聖書も信愛で出会いました、学部と修士の6年間で寮長や舎監を歴任するうちに聖書研究の講師や礼拝の奨励を担当するようになりました。横浜YMCAとは1996年私が勤務していたNTTSOFT関内オフィスにYMCAの長澤勲主事が訪ねて来られ常議員就任を依頼されたのが最初です。当時、私は学生YMCA(以下、学Y)の理事も務めており、学Yと都市YMCAでは随分様子が違うらしいので断りました。長澤主事は3度訪ねて来られ、最後は𠮷村恭二総主事と同道で来られて「学YのOBで横浜在住者を探している。早大YMCA会長植松健一教授の同意も得ている」と語られ、仕方なくお受けしました。
常議員会にて故廣瀬誠先生に出会い「横浜YMCAミャンマーボランティアの旅」(モバイルクリニック)に誘われました。1997年から毎年、2005年元旦に廣瀬先生が現地で亡くなられた後も含め計13回参加しました。現地パートナーのメルビンさんはカレン続の牧師で、父親と祖父が日本兵に殺され、日本への復讐を誓って育ちました。人種差別により一般大学に進学できず、神学校に進んで牧師になり、聖書ローマ信徒への手紙12章「自分で復讐するな」に出会って日本への復讐を断念し、アジア学院に留学して有機農業を学びました。東京空襲で戦災孤児となった私と通じるものがあり肝胆相照らす仲となりました。
2003年三男ジャクソンさんがアジア学院に留学する際、山根誠之元横浜YMCA総主事と長澤勲さんのご依頼で麦の会が身元保証人になりました。2012年民営化後最初の全国集会がネピドーで開催され、その冒頭に「廣瀬医師記念ホール」献堂式が行われた際、ゲストとして招かれ、田口努前横浜YMCA総主事と麦の会金子会長の祝辞を代読しました。
2015年ネピドーYMCA25周年記念会に廣瀬誠先生の妹廣瀬恵子さんとともに招かれYMCA新館の定礎式に参列しました。今、クーデター下で、着々と新館建設が進められ、平和再興と新希望の象徴となっています。

(掲載:月刊YMCA News 2024年7月)