半世紀以上、私を感化し続けたキャンプリーダーのきずな

横浜YMCA常議員
ユースリーダーシップ開発事業委員
今城 高之さん

YMCAやワイズメンズクラブ(以下ワイズ)との関わりのはじまりは、60数年前にさかのぼります。

私が中学生のころ、神戸には空襲の傷跡がまだ残っていました。そのころ、阪神間には、ミッションスクールの宣教師の呼びかけで設立された「神戸ワークキャンプ」というグループがあり、大学生、高校生たちが、春・夏の休みに、被害の残る施設や教会で、泊まり込んで労働奉仕をしていました。中学2年生の夏休みに、病気から回復して家でくすぶっていた私を、ワークキャンプのメンバーであった姉の誘いで、神戸市内の養護施設でがれきを片付け、整地をするキャンプに参加しました。夏の太陽が照りつける中、汗と泥にまみれ、ツルハシやシャベルをふるい、モッコを担ぎました。夕食後は、チャプレンの先生を囲み、聖書を学び祈り、讃美歌やキャンプソングを歌うといった日が1週間続きました。

高校、大学に進んでから、このワークキャンプでたくさんの思い出を作りました。高校生のころには、私を大いに感化してくれたキャンプの先輩の何人かが神戸YMCAのキャンプリーダーであったことから、大学生になってキャンプリーダーを目指しました。YMCAのキャンプで出会った先輩や同期、後輩のリーダー仲間とのきずなは、半世紀以上を経た今でもしっかりと保たれています。13年余り前、同じくキャンプリーダーであった妻、宏子の教会仲間からの誘いがあり、横浜つづきワイズメン&ウィメンズクラブ設立メンバーに加わったのは、キャンプリーダー時代の熱い思いがよみがえってきたからだと感じています。ワイズに入って間もなく、宏子が所属する教会へも行くようになりました。40年余の「放蕩」の日々を取り戻そうと、ワイズや教会の役員、横浜YMCAの常議員をお引き受けして充実した日を送っています。

先日、兄弟やいとこたちが喜寿を祝ってくれました。今年9月には、横浜YMCA韓国・光州YMCA短期研修団の団長としてスタッフとともに学びと交流の時を過ごしました。この世に神様のみ国ができるよう、がんばっていきたいと思っています。

(掲載:月刊YMCA News 2019年10月)