参加者の声(My Y Story) 2011年8月 英語と出会い、仲間と出会い、人生豊かに

湘南とつかYMCA英会話・ウエルネスメンバー
千葉 胤英

敗戦後の2年目、8月半ば、ギラギラ照りつける道路上を清掃している学生アルバイト達がいました。場所は渋谷・代々木の駐留米軍将校ハウス街(通称ワシントンハイツ)です。と或るハウスの窓が開いて「その様な仕事より、ハウスボーイの仕事をしない?食事もあるし英語の勉強も出来るわ、私はハウスメイド」。その手にはパンの紙袋。英語、アメリカ文化、美少女の誘い。断わる理由なし。早速ワシントンハイツの事務所へ申込みました。そして英語の口頭試問。数日を経て電報あり、「採用決定、9月1日よりハウスボーイ、打合せに出頭されたし」。

しかし残念ながら9月1日より第1学年の2学期が始まり横須賀の学生寮へ戻らねばならず、未練がありましたが断念しました。その後4年半の後無事卒業し、同時に航海士の免許を得て念願の捕鯨船乗り(当時の若者にとって花形の職業、キツイ長期航海であるが、スマート、お金が稼げる、南極海にも外国港にも行ける)として採用され、今日に至りました。しかし級友の一人は休学してハウスボーイ、そして一年遅れて卒業、同時に通訳官として65歳まで勤続しました。

若しも、彼と同じく、あの時にハウスボーイを選択していたら、シニヤになった今頃、毎週土曜日午後に楽しみを求めてYMCAの英語クラスに来たり、週に3回ほどの水泳を楽しみに来てはいなかったかもしれません。級友は英語を介して言葉は大切な人格形成であり、人間関係を育てる貴重な機能であることに、ハウスボーイの時期を通じて目覚めたのでしょう。私は愚直に海の仕事を求めて定年齢まで至りましたが、その間英語を介して様々な国の人々とも触れ合うことが出来、感謝しております。

定年後に専門を生かして何か仕事をしたいと思っていたところ、YMCAスポーツ専門学校のマリンスポーツ科で講師として若い人たちへ指導する機会が与えられ、1995年から2004年までの10年間、教壇に立ちました。卒業生の中から3人を経営する会社に採用し、現在海洋の専門家として活躍しています。

その時から湘南とつかYMCAで始めた英語と水泳は10年近くなりました。斯(か)様に日常をYMCAの先生や、英語や水泳のスタッフの皆様方と出逢うことが出来るのは、英語という言葉のお陰であったに相違ありません。

(掲載:月刊YMCA NEWS 2011年8月)

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